2011年11月9日水曜日

『攻殻機動隊』 士郎正宗




『生物と無生物のあいだ』の「現在の科学では生命をうまく定義できない」って言葉。
どこかで聞いたなぁ・・・

と思ったら人形使いだった。



攻殼機動隊を初めて見た&読んだのは高校時代で、人形使いの話が難解過ぎて意味不明だったんだけど、今思い起こしてみると、あれって生命の話だったのかー。と今頃になってつながった。


というわけでここから盛大にネタバレ。




私達は朝、目覚めて昨日と同じ肉体に入っているから、変わらず私なんだ、と自覚できる。
朝起きて性別が変わってたり、虫になったりしない。

でも、もし唯一の肉体がなくなって脳以外サイボーグになってしまったら?

肉体の拠り所がなくなってしまうと、記憶ぐらいしか頼るものがなくなってしまうわけだけど、記憶ってかなりあやふやなものだ。
あの記憶は本当は作り物では?もしくは夢では?と疑い始めたらどうなるだろう。

多分、全身サイボーグの人がこの世に居たら、ほんとにGhost in the Shellで、魂が自分とは関係のない殻に閉じ込められてるような不安な感じで生きることになるんじゃないだろうか。
草薙素子ってそういう人で、めちゃくちゃ強いんだけど、自分が本当に人間なのか生きているのか、確信が持てなくなっていってしまう・・・。




で、次にもっと極端な例を考えてみる。
そもそも意識ってはどうやってできるのか?

もし脳が作るとしたら

脳と同じような神経ネットワークに似たものができたら、そこに意識が生まれるかもしれない。

そして、本当に偶然ネットに意識が生まれちゃったら?
それがこの漫画に出てくるネット生命体・人形使い。

この二人、肉体がないから老いもないし、子孫を残すこともない、破壊されない限りは死なない。

確かに超人的に強いんだけど、自分は生命としては不完全な存在なんだと思っている。

あのラストは似た者同士の二人が、コピペではない子孫(有性生殖的な子孫)を残す事とそれによって死を得る事で、やっと生命として完成するという話だったのかなと思うわけです 。




しっかし、このアニメは今見てもほんとすごいなーと感動した。