2011年12月29日木曜日

『他人に流されない人ほど上手くいく』 石原加受子




「これは自分の意志なんだ」

という、その考えは感情(意志)なのか。それとも思考なのか。 

果たして自覚はあるだろうか。

私たちの社会では感情を出すことは良くないと思われているので、感情を思考で抑えるようになる。
だが、あまりに思考を感情で抑えることに慣れ過ぎると、自分が感情を抑えていることにすら気付かなくなるのだという。 
そうなると自分を縛っている思考の方を自分の意志だと思うことになる。 

でも人間の本当の意志(というか原動力みたいなもの)は思考ではなく感情だから、感情を抑えていてもいつか爆発してしまう。 

例えば「この仕事したくない」という感情を「今は不況だから辞めない方が良い」という思考で押さえつけていたとする。でも本人は感情に気付かない。「俺はこの仕事をきちんとしなくちゃいけないんだ。」という思いが自分の意志だと思っている。でもある日突然ベッドから起きれなくなる。
最終的には感情を強制的に優先させるからだ。


では、思考と感情の見分け方はどうするか。
自分の中を見つめて、 

  • 「~しなければならない(すべき)」「~した方がいい」は思考
  • 「~したい」は感情 
  
抑えられていた自分の感情を発見したら、「感情を大切にして行動するとうまくいきます」というのがこの本の主張だ。

この自分の感情が自分で自覚できなくなるのはなぜか、という分析はなかなか面白かった。


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この本がユニークなのは、人間関係だけでなく「仕事も感情を大切にしてやった方がうまくいくのだ」というところ。
例えば、仕事で、「この案件はやりたくない」というマイナスな心があったとして、これを大切にしたやり方はどんなものがあるだろうか。
(感情を大切にするのはたとえマイナスな感情でも大切にするということだ。)

「俺はこの案件はやりたくない!」という感情を達成するためには、現実にやらなくて済むようにするしかない。それしかない。

でもだからといって、他人に押し付けるのも嫌だなと思うかもしれない。
「他人に押し付けたくない」というのも立派な自分の感情だからこれも大切にしないといけない。
現実にはこんな風に一つの感情だけでなく、いろんな感情のせめぎ合いになっているはずだ。

例えば「この案件はやりたくない」「同僚に迷惑をかけたくない」「評価されたい」などなど

そういう複数の感情を全部叶えることはできないだろうか。


ここで初めて思考を使う。
一気に解決とは行かないまでも、手順を踏んでいけばそういう方法はあるんじゃないだろうか。上司に掛け合って仕事の仕組みの方を変えてしまうなどなど。
ここで大切なのは思考を感情を押さえつけるために使うのではなく、自分の感情を達成するための道具として使うところだ。



この本は思考と感情という普遍的で深いテーマだけど、カウンセラーが書いてるだけあって現代的だし、読み易い。
というわけで、通勤中に仕事術本とか自己啓発本を読むなら、こっちの方が遥かにおすすめ。





2011年12月14日水曜日

『啓蒙とは何か』 カント、中山元




超ヘヴィ級哲学者カント。

ちょっと権威みたいになっているし、「散歩の時間が正確過ぎて、近所の人がカントの姿を見て時計を合わせた」とかいうネタが有名過ぎて、堅物の頑固じじいのイメージだったけど、実際に読んでみると全然違った。
書いてるものは堅物どころか、めちゃくちゃぶっ飛んでて、アグレッシヴな内容が多いのだ。

この本はそんな自由過ぎる熱い男が自由闊達に社会について語った論集。
『永遠平和のために』もすごく面白かったけど、今回は『啓蒙とは何か』だけ紹介。


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啓蒙とはなんなのか?

「古い宗教を捨てて、自然科学や近代的な人権思想を学ぶこと」だと思うかもしれない。

でもそうじゃないんだと。

もしそうなら、今まで宗教に思考停止していた人が、今度は科学や人権思想に思考停止するだけで結局何も変わっていないじゃないか!とカントは言うのだ。


世の中には
「君達は頭が悪いから考える必要はない。私が代わりに答えを教えてあげよう。」
というなんともご親切な自称<後見人>がたくさんいるだろう。

だから多くの人は、できることなら自分で考えるなんてしない方がいいと思っている。

その方が安全で楽だからだ。

「人類の長い歴史で蓄積されてきた学問にはとてもじゃないけど勝てない、ただその教えに従うだけだ。自分の理性を使うなんてとんでもない!」
と思ってしまうかもしれない。

でも、そんなことはないんだ、とカントは主張する。



なぜなら人間には誰もが平等に、生まれつき(アプリオリに)、<理性>という力を持っているからだ。
(でなければ、複数人の論理的一致がありえなくなってしまう!)


だから自分の理性を使っておかしいと思えばどんな権威でも恐れることなく、公に異議を唱えればよい。
最初は理性の使い方に慣れないために、つまづいてしまうかもしれないがすぐに一人で歩けるようになるだろう。



だからカントはこう定義する。

啓蒙とは何か。

啓蒙とは勇気

書物にも学問にも宗教にも頼らない、ただ自分の理性を使う勇気なのだ。





2011年12月4日日曜日

『これからの「正義」の話をしよう』 マイケル・サンデル




学生時代___


ゴリゴリのヴィトゲンシュタイン主義者だった自分は、
「倫理は考えても答え出ないんだからやらなくていいや」
と思って授業出なかった。(笑)

いや、一、ニ回出たけど教授がムニャムニャ言ってるだけの「白熱しない教室」だったので、出るのをやめたのだ。


で、今まで全然倫理学は触れてなかった。



でもTVで見たハーバード白熱教室はマジで面白かった!
ポケットハンドしながら登壇して、

「電車のブレーキが利かない!このまま進んで五人の作業員を轢くか?それともハンドルを切って隣のレーンの一人の作業員を轢くか?さぁ、教えてくれ、一人を轢くのは本当に正しいのか!?」

とか言ってるサンデル教授カッケー!

同じ内容の授業でも人によってここまで違うかねと思った。


やっぱり、「今時こんなややこしい授業じゃ人気出ないよ」、なんて嘆いてるのは単に面白さを伝えられてないだけだろ!と思うのだ。
どんなものでも、「ほんとに面白いんだ」という情熱を持って、伝える努力、工夫をすれば、難しかろうと何だろうときちんと反応はあるんだと、この本がベストセラーになってるのを見て思った。


この人の授業は <一見ジョークみたいな問いかけ> がちゃんと哲学の伝統的なジレンマを浮かび上がらせるようになっているのがよくできてる。
刺激的で、笑えて、分かる。


あぁ、小耳に挟んでたあの言葉ってこういうことだったのか。というのが何度もあった。

あとウォール街的な自由主義に対する反論。
「あなたのその成功はコミュニティがなければありえなかったんだから、累進課税して当然だ」
みたいなのはなかなかいいなと思った。


ただ最後の、先生の持論、コミュタリアンのところは、・・・話が急激にぼんやりしてきて、
「ちょ!先生、それって功利主義や全体主義とどう違うんですか?<熟議の民主主義>って同語反復じゃないんすか?先生、先生ーッ!」

と最後に先生のお姿がだんだん霞がかって見えなくなって、煙に巻かれたようなラストだった(笑



でもやっぱり昔の哲学者の解説は天下一。

で、これ読んでカントの定言命法面白いと思って、8年くらい読んでなかった哲学書の読書を再開したのでした。
お勧め!